1997(平成9年)5月1日のできごと

今日は

20177 平成29年5月1日(月) 平成10341日目

20年前は

1997 平成9年5月1日(木) 平成3036日目

広島にちょっと変わった図書館がオープン

漫画の単行本約2万8000冊と研究書を無料で貸し出す「広島市まんが図書館」が1日、同市南区にオープンした。同図書館によると、日本漫画の歴史を網羅し、本の貸し出しまでする公立の施設は全国で初めてだという。

鉄筋2階建て、延床面積約650平方メートル。書棚には戦前の日本漫画草創期の「冒険ダン吉」から最近の「スラムダンク」「セーラームーン」までずらり。「ガキデカ」など1970年前後の懐かしの名作は、子供を連れてきた大人も読みふけってしまいそうだ。《福井新聞

 

村上雅則投手、野茂英雄投手、マック鈴木投手、長谷川滋利投手に次ぐ

5人目の日本人メジャーリーガーが誕生

【メッツ・柏田貴史投手】中継ぎでメジャーデビュー

日本選手5人目の米大リーガーが誕生した。巨人から大リーグ、メッツに移籍した柏田貴史投手(25)が1日、ニューヨークのシェイ・スタジアムでのパドレス戦でデビュー、1回を三者凡退に抑える好スタートを切った。

初のマウンドは0−7と大差がついた八回だったが、まず投手のアシュビーを三振に仕留め、Q・ベラスを右飛、ゴメスを三ゴロに討ち取った。メッツは終盤に3点を返したが3−7で敗れた。《共同通信

 

英国総選挙で労働党政権奪回

英国総選挙(下院選、定数659)の投票が1日午前7時(日本時間同日午後3時)から、全国4万7000か所の投票所で始まった。同日付の主要紙に掲載された各種世論調査では、野党・労働党が与党・保守党を10〜22ポイントリードしており、労働党による18年ぶりの政権奪回が濃厚になっている。

快晴となった同日朝、トニー・ブレア労働党党首はシェリー夫人と3人の子供を連れ、イングランド北部トリニドン村で投票した。ブレア氏は余裕の表情で、記者団が首相就任への手ごたえについて質問すると、「国民にかかっている」と応じた。

保守党党首のメージャー首相はロンドン北部のハンチンドン市でノーマ夫人とともに投票。「十分自信がある。とても落ち着いた気分だ」と語った。同党は労働党のリードは6ポイントと独自にはじき出しており、形勢逆転に一縷の望みを抱いているようだ。《読売新聞》

【英国総選挙】労働党が政権奪回

1日投票が行われた英総選挙(下院選)は、即日開票され、トニー・ブレア党首(43)率いる労働党が、単独過半数を大きく超える400議席余を獲得して、18年ぶりに政権奪回を果たした。ブレア氏は、メージャー首相の記録(就任時47歳)を破り、今世紀最年少の英国宰相となる。英選挙史上まれに見る今回の大勝は、英国政治に地殻変動を引き起こすだけでなく、欧州統合にも一つの弾みを与えよう。《読売新聞》

 

ペルーでは日本大使公邸占拠事件が4月22日にひとまず決着

橋本首相は1日午後、首相官邸で、青木盛久駐ペルー大使から日本大使公邸占拠・人質事件の経緯について報告を受けた。首相は公邸内の生活ぶりを聞き、首相のペルー訪問の日程などについて協議したものとみられる。

会談の冒頭、首相が「お帰り」と述べると、青木大使は「ありがとうございます。申し訳ありませんでした」と答えた。

青木大使が車イスを使っていることから、首相が「電話でウソをついたな。車イスの話はしていなかった」と言うと、青木大使は「気が張っていたせいで、あのころまでは歩けた。フジモリ大統領に会った後、だんだん痛くなってきたのです」などと説明した。《読売新聞》

日本大使公邸人質事件の決着で帰国した青木盛久駐ペルー大使は1日午後、外務省で記者会見し、武装グループが全員死亡したことについて「一定の感慨はあるが、彼らが自分で選んだ道だ」とした上で、事件決着を「テロリスト全員が死亡したことは、今後、この種の事件を起こしにくくする大きな成果だ。人質生活も無駄ではなかったのではないか」と総括した。

自らの進退問題について「辞めるとか、辞めないとか自分の考えを言える資格があるのかどうか。上司の判断に従わないといけない」と強調。橋本龍太郎首相に「事件に巻き込まれたことへの私自身の責任について、政府の処分、処置を待ちたい」と伝えたことも明らかにした。《福井新聞

この国のマスコミは、

タバコ吸ってた青木大使を「態度が悪い」と

ひたすらバッシングし続けた

 

最後にこちら

政府は1日の参院決算委員会で、約20年前に新潟市で行方不明となり朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)へ連れていかれた疑いが持たれている横田めぐみさん(当時13歳)事件について、北朝鮮による拉致事件と認識していることを初めて公式に明らかにした。池田外相、白川国家公安委員長警察庁の伊達興治警備局長が答弁で確認したもの。

これまで北朝鮮に拉致された疑いのある日本人を「6件9人」としていた政府見解についても「7件10人」に修正した。一方、梶山官房長官は、北朝鮮への食糧援助に関し、拉致疑惑事件解明に関する北朝鮮の誠意ある対応につながるかどうかを見極めたうえで判断すべきだとの考えを示した。《読売新聞》

1997(平成9年)5月1日、

政府が横田めぐみさんの失踪を北朝鮮による拉致と認めた日

広告

 

▷参考までの追記

北朝鮮による日本人拉致事件

これまでにも何度か国会で取り上げられてきており、

昭和63年には政府も公式に認めている

国務大臣梶山静六君) 昭和53年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます。解明が大変困難ではございますけれども、事態の重大性にかんがみ、今後とも真相究明のために全力を尽くしていかなければならないと考えておりますし、本人はもちろんでございますが、御家族の皆さん方に深い御同情を申し上げる次第であります。 

参議院会議録情報 第112回国会 予算委員会 第15号

 にもかかわらず、長らく国会で取り上げられることはなかった。

 

横田めぐみさんの名前が国会で出てくるのは

平成9年2月3日

3日の衆院予算委で新進党西村眞悟氏は「新潟県で失踪した女子中学生は朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)の工作員に拉致された可能性がある」として政府の対応をただした。

橋本龍太郎首相は「北朝鮮による拉致による疑いがある事件であれば当然、捜査や関連情報の収集がなされており、努力を重ねたい」と答えた。

新潟県警などによると、失踪した女子中学生は新潟市内の中学1年生で、銀行員の長女(当時13歳)。1977年11月15日夕、クラブ活動のバドミントンの練習を終え、中学校から帰宅途中に行方不明となった。新潟県警が周辺を大規模に捜索したが見つからなかった。《福井新聞

 

平成9年5月1日の参院決算委員会

質問者は自民党吉川芳男参院議員

 

吉川芳男君 

次に、横田めぐみさんに象徴される日本人拉致事件についてお尋ねいたします。 まず、この事件について、その内容を簡潔に紹介しておきたいと思います。また、皆さんのところに見取り図等も配っておいたと思うのでございますので、御参照願いたいと思います。

今から20年前の昭和52年、1977年11月15日の放課後、新潟市立寄居中学校の一年生でありました横田めぐみさんがクラブ活動のバドミントンの練習の後、クラブの同級生女子2人と6時35分ごろ学校の正門を出て、1人は正門を出てすぐ別れ、いま1人と学校から約200メートル海岸寄りの新潟大学教育学部附属小・中学校の十字路で別れたまま消息を絶ったという事件であります。

その日の午後10時ごろ、母親の早紀江さんから新潟中央署に通報がありまして、中央署では警察犬も投入して大がかりな捜索を行い、また県警本部の機動隊、近隣の警察署も応援して広範囲にわたる海岸線の捜索を行い、新潟海上保安部による海からの捜索も行われたわけでございますが、めぐみさんの行方は杳としてわからないままでありました。

ところが、最近になってわかったことは、韓国に亡命した元北の工作員安明進氏の証言によりますと、安氏が金正日政治軍事大学の二年生であった1988年10月10日、朝鮮労働党創立記念行事の準備会議の際、教員、職員の席の一角に、一見して日本人とわかる6、7人のグループがいたので、不審に思って丁という担当教官に尋ねると、あのうちの一人の女性は70年代半ばにおれが新潟から拉致してきた、日本へ3人で特殊任務に行き、帰りに新潟の海岸で迎えを待っているときに、顔を見られたので通報されるかもしれないと思って誘拐したと打ち明けられたとのことです。

この女性は、年齢二十歳半ばで身長約160センチ、紺色のスーツ、白のブラウス姿、おかっぱ髪にふっくらとした顔つきだったということであります。

めぐみさんの両親である横田御夫妻は、本年3月、この亡命工作員に会うためにソウルに行き、直接、安氏から証言を得ておられます。この模様は、五月号の文芸春秋に手記として掲載されておるわけでございます。

安氏の証言によると、教官は、めぐみさんと思われる少女のほかにも、80年代初めに北海道から三十歳代の男性を拉致してきたこともあると自慢していたということであります。

そのほかにも新潟県柏崎市では、昭和53年7月に柏崎図書館に自転車を置いたまま大学生と美容師の青年男女が消息を絶っております。

そこで、まず警察庁にお伺いいたしますのは、先般、衆議院西村眞悟議員の質問主意書に対する内閣答弁書によると、北朝鮮に拉致された疑いのある日本人の数は、これまでに6件9人であると明らかにされておりますが、この中には横田めぐみさんの事件は入っているのかどうか、お答え願いたいと思います。

とお聞きする理由は、この事件が明らかになって以来、さまざまなマスコミが報道しておりますけれども、中でも毎日新聞は、拉致された人物と一つ一つの事件の概要を報道しております。これによると、8件10人になっておりまして、この横田めぐみさんの事件は答弁書の6件9人の中には入っていないという話もあるのでございますが、これほど公々然となっておる事件に対してなぜ当局は、件数、人数の発表だけで詳細は発表されないのか。

しかも、ただ捜査のためあるいは本人の安全及びプライバシーの保護の観点から答弁できないと答弁書は述べておりまするけれども、横田めぐみさんの両親初め拉致者の関係者の大部分は、もう二十年もひっそりと沈黙を守ってきたが何ら事は前進していない、今後は政府や国会に積極的にお願いし、事件を解明したいと言っておるわけでございます。

そういうことを思うとき、これはどうも政府の発表は全く国民の期待感をそぐような発表でございますが、もう少し具体的な調査報告がなされないものでしょうか。

国務大臣池田行彦君)

横田めぐみさんの件につきましては、最近になりましていろいろな新しい情報であるとか、あるいは証言なども出てまいりました。そんなことにもかんがみまして、捜査当局とされても当然捜査を進められたわけでございますけれども、外務省といたしましても外交ルートを通じましていろいろ情報の収集に努めてまいりました。

そういった中で、韓国の当局とも連携をとりまして、私どもいろいろな情報の収集等々に当たってきたわけでございます。そういったことを踏まえまして、先ほど警察庁の方から御答弁もございましたけれども、従来必ずしも北朝鮮による誘拐というふうには考えていなかった本件につきましても、その疑惑が非常に濃厚であるということが現在までの時点で出てまいりましたので、政府としてもこれを従来の6件に加え疑惑案件に入れたと、このように承知しております

今後におきましても、いろいろそういった関係の方面と連絡をとりまして、でき得る限り事件の解明というか、一番大切なのは行方不明になっておられる方の安全を確認し、そして御無事でおられることを、そして帰ってこられるということが実現するのが一番でございますから、難しい事情がございますけれども、外交ルートを通ずるいろんな協力等も含めまして今後とも最善の努力をしてまいりたいと考える次第でございます。