1997(平成9年)5月2日のできごと

今日は

2017 平成29年5月2日(火) 平成10342日目

20年前は

1997 平成9年5月2日(金) 平成3037日目

重油だけではなかった

【ナホトカ号】最後の航海

福井県三国町沖の座礁現場から先月20日に撤去されたロシアタンカー「ナホトカ号」の船首部分が2日午前8時過ぎ、福井港から広島県の呉港に向けて出港した。6日に到着予定で、同港で運輸省事故原因調査委員会による船体破断の本格的な原因調査が始まる。

同課調査会によると、調査はロシア側の専門家が初めて立ち会い、足場を組むなどの準備のあと、2日間実施。船首部分は甲板部がなくなるなど損傷が激しいが、船体とともに回収した破片から破断原因を調べ、7月中をめどに調査結果をまとめる。《読売新聞》

 

 関空に初の深夜旅客便が発着

関西国際空港】初の未明旅客便

24時間オープンの「眠らない空港」として1994年9月に開港した関西国際空港に2日未明、タイ国際航空が日本の空港として初めて未明発着の定期旅客便を就航させた。

定期便はバンコク関空ーロサンゼルスを週6便運航。バンコクを現地時間の午後5時10分に出発、関空に翌日の午前0時40分に到着。その後、午前1時50分にロサンゼルスに向けてたつ便が3便。

残る3便は、ロサンゼルス発午後11時59分で、関空には午前3時40分に到着。同5時15分に再び出発して、同9時、バンコクに着く。この日は予定よりも早い午前0時33分の到着となったが、295人の乗客のうち、関空で降りたのは11人だけだった。

同航空によると、関空発着が未明になったのは「米国の客に便利な時間を設定したにすぎない」(広報担当者)。これまでもソウル経由で週4便運航してきたが、増発するにはソウルの金浦空港や近くの台湾の中正空港も混雑しすぎているため、関空を選んだという。

これまで未明の空港利用は貨物便ばかりだっただけに、「名実ともに24時間空港へ」と期待は大きいが、未明に空港に降り立つ客を運ぶリムジンバスや電車もなければ、レストランも営業していないなど問題は多い。《読売新聞》

 

当時の日本の首相は橋本龍太郎氏、

米国の大統領はビル・クリントン氏、

では英国は、、、

【英・メージャー首相】総選挙「敗北宣言」

英保守党党首のジョン・メージャー首相は2日午前3時半過ぎから、自らの当選を決めたハンチンドン選挙区(ロンドン北部)で「われわれは今夜完敗した」と敗北宣言した。同首相は「健闘した労働党のブレア党首にはすでに、電話で成功を祈ると伝えた」と述べ、「選挙戦には必ず勝者と敗者がいるものだ。我々は有権者の声に耳を傾け、政権奪還の準備を始める」と次期選挙での巻き返しに意欲を見せた。《読売新聞》

【英労働党・ブレア党首】総選挙「勝利宣言」

トニー・ブレア労働党党首は2日午前5時15分から、ロンドン市内のロイヤル・フェスティバル・ホールで演説し「新しい夜明けを迎えた。英国民は公正で優しい社会を選択した」と勝利宣言した。

ブレア党首はさらに「変革する勇気があれば変革できると主張してきた通り、われわれは成し遂げた。党にとって長い道のりだった」と述べ、選挙戦を振り返った。《読売新聞》

【英国】新政権の陣容固まる

英総選挙(下院選)で歴史的勝利を収めた労働党トニー・ブレア党首(43)は2日午後、バッキンガム宮殿でエリザベス女王から、首相に任命された。ブレア新首相は直ちに組閣工作に入り、副首相にジョン・プレスコット、外相にロビン・クック、蔵相にゴードン・ブラウン、貿易産業相にマーガレット・ベケット各氏をそれぞれ任命、主要閣僚の陣容を固めた。

ブレア新首相はこれに先立ち、ダヴニング街10番地(首相官邸前)で演説、教育や福祉政策を重視する方針を示し、「ダイナミックな経済を築き、特に欧州において信頼を取り戻したい」と欧州各国との関係強化を進める意向を表明した。《読売新聞》

 

「バッキンガム宮殿でエリザベス女王から、首相に任命された」は

こんな感じだったとのこと

ブレア回顧録〈上〉

私は女王の部屋の外にある小さな控えの間に案内された。すると突然、不安に襲われた。基本的な儀礼は分かっていたが、ごく曖昧な知識しかなかったのだ。公式の敬礼として女王の手にキスをして、女王が統治権限を授与する儀式である。

女王は元首であり、私は女王の首相なのである。儀仗を持った背の高い係官が私の横に立った。「ミスター・ブレア、一つだけ申し上げておくべきことがあります」彼は切り出した。「儀式では、女王陛下の両手に実際に口づけをするのではありません。唇でそっとブラッシュするのです」

正直に言えば、これには唖然とさせられた。彼はいったい何を言わんとしているのだろう? 女王の両手に靴にブラシをかけるようにするのか、それとも軽く触れるのか? とまどっているうちに扉が開き、私は部屋に招き入れられた。

不運にも私は絨毯の上でちょっとつまずき、実際に女王の手の上によろめいてしまった。女王の手を握るほど強く触れたわけではなかったが。

私は十分落ち着きを取り戻すと、女王と相対して座った。もちろん、女王には以前も会っていたが、今回はそれとは違った。私にとって初めての拝謁である。女王については述べておくべきことがたくさんある。

今回の拝謁で私は二つのことに気づいた。女王ほどの経験をもち、高い地位にある人間としては、不思議なほどシャイであること。と同時に、ずばりと物を言うこと。無礼だとか無神経だという意味ではない。ただ率直なのである。

「あなたは私にとって十人目の首相です。一番目はウィンストン・チャーチルでした。あなたが生まれる前のことですよ」

《「ブレア回顧録・上巻」より》

 

最後に、

冒険家の河野兵市さんが単独徒歩で北極点に到達

【冒険家・河野兵市さん】単独徒歩で北極点到達

日本人初の北極点単独徒歩到達に挑戦していた愛媛県瀬戸町の冒険家河野兵市さん(39)が2日午後4時40分(日本時間3日午前6時40分)、出発から約2ヶ月で、北極点に到達した。世界でも3人目の快挙という。《共同通信

1958年、愛媛県生まれ。22歳で世界一周を目指して日本を出発し、豪州、南米、北米、ユーラシア、アフリカの5大陸に足跡を残す。この間、南北米大陸の最高峰など多数の山に登頂、ユーコン川筏下り、サハラ砂漠徒歩縦断などを行った。

1997年5月、60日かけて日本人として初めて北極点に単独徒歩で到達に成功。《北極点はブルースカイ》

3時10分、手元のGPSで「89度59分90」が出た。どうせなら90度ピッタリを踏みたいのが人情というものだ。GPSと睨めっこしながら、その付近で一歩一歩、慎重に移動してみたが、それ以上「90度」に近い数字は出なかった。もう一つ、橇に積んであるGPSを見たら、それは「89度59分955」を示していた。

「これは、限りなく”90度”に近い極点だ」

僕は、二つのGPSの数字で、もう十分に満足した。

「誰が何と言おうと、北極点に立った!」と確信したのだった。

ここが、人間の挑戦を拒み続け、人が容易に近づくことのできない”聖地”である。《「北極点はブルースカイ」より》

1997年(平成9年)5月2日、

冒険家・河野兵市さんが日本人として初めて北極点に単独徒歩で到達

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