1997(平成9年)5月3日のできごと

今日は2017年(平成29年)5月3日 水曜日

平成が始まって10343日目

 

20年前は1997年(平成9年)5月3日 土曜日

平成が始まって3038日目

 

さっそく当時の新聞を開いてみます。

 

朝日新聞阪神支局襲撃事件】発生から10年

朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)の小尻知博記者(当時29歳)ら2人が1987年5月に殺傷された事件が3日、発生から10年を迎えた。この日、半旗が掲げられた同支局には弔問の市民や関係者が次々に訪れ、広島県川尻町の小尻記者の実家では法要が営まれた。

神戸、尼崎両市では追悼集会が開かれ、関係者はあらためて小尻記者の死を悼んだ。支局1階に設けられた礼拝所には、午前8時半すぎから約200人が訪れ、遺影に手を合わせた。《読売新聞》

いわゆる「赤報隊事件」です。

どのような事件だったのか、

発生当時の1987年(昭和62)年の紙面を見てみます。

3日午後8時10分すぎ、兵庫県西宮市与古道町、朝日新聞社阪神支局の2階編集室で同支局員兼川西通信局長犬飼兵衛記者(43)ら支局員3人が夕食中、目出し帽をかぶり猟銃を持った男が押し入り、3人に目がけて散弾2発を発砲して逃げた。

弾は犬飼記者と同支局員小尻知博記者(29)の腹や指に命中、2人は尼崎市の関西労災病院と西宮市の西宮渡辺病院に運ばれたが、2人とっも出血多量で重傷。一緒にいた記者(25)は無事だった。

兵庫県警西宮署は殺人未遂事件として捜査本部を設置、男の行方を追っている。朝日新聞大阪本社は「なぜ狙われたのか分からない」といっているが、新聞社の支部が襲撃され、記者が撃たれるという前例のない事件に衝撃を受けている。

(中略)

朝日新聞大阪本社は、襲撃されるような心当たりはないとしているが、重傷の小尻記者は昨年秋、兵庫県尼崎北署が在日朝鮮人の指紋押なつ拒否者に”強制具”を使い指紋を採取した問題をスクープ。この問題で精力的に取材活動をしていた。この件に絡んでその後、何度か同支局に嫌がらせの電話があり、小尻記者を名指しでかかってきたこともあったという。《福井新聞

 小尻記者は翌4日に死去、

この事件は犯人逮捕に至らぬまま2002年(平成14年)5月3日に時効を迎えた。

 

 英国ではブレア内閣が発足。

総選挙での勝利を受け、ブレア首相は3日、ロバートソン国防相ら14人の閣僚を任命し、2日発表の7閣僚と合わせて組閣を終了、労働党内閣が正式に発足した。閣外相などについては人選が続いている。

新閣僚は、ほとんどが野党時代の「影の内閣」閣僚メンバー。副首相、蔵相、外相などの枢要ポストを含め全閣僚の3分の2が、「影の内閣」時と同じ分野を担当、全体に手堅い布陣となっている。

また、女性閣僚が5人誕生、英国内閣史上でもっとも女性が多い内閣となった。《読売新聞》

 

5月3日は憲法記念日

憲法施行から50年となるこの日、橋本龍太郎首相が談話を発表。

橋本首相は3日付で、憲法施行50周年に当たっての首相談話を発表した。首相が憲法記念日に談話を発表するのは憲法施行後初めて。橋本首相の談話の全文は次の通り。

本日は、日本国憲法が施行されて五十周年に当たります。

この機会に、国民の皆様とともに、新しい憲法の下に歩んだ五十年を振り返り、改めて憲法の意義に深く思いをいたし、併せて将来への決意を新たにしたいと思います。

日本国憲法の施行に当たり、我々日本国民は、国民主権の下で、自由で民主的な国家を建設することを誓い、恒久の平和を念願し、国際社会において名誉 ある地位を占めることを希求しました。爾来、国民一人一人の優れた英知とたゆみない努力により、また、国際社会からの暖かい御理解と御支援により、わが国は、幾多の試練を乗り越え、今日の繁栄を築き、国際社会の枢要な一員たる地位を占めるに至りました。この間、憲法の崇高な理想は、広く国民に浸透し、わが国が自由で民主的な平和国家として発展する上で極めて大きな役割を果たしてきたところであります。

今日、二十一世紀を間近に控え、改めて内外の情勢を見るとき、まさに新たな激動の時代を迎えております。国際社会においては、新たな平和秩序の構築が模索され、また、戦後わが国の社会に深く根を下ろしてきた行政、経済、社会の各分野にわたる制度について、時代の要請に十分応えることができるよう、その見直しが求められております。

このような情勢の中で、自由、平和、民主主義を基本とする憲法の理念の下、国際社会の平和と繁栄に積極的に貢献していくとともに、国民一人一人が、志を高く掲げ、正義と公正、品格を重んじ、夢や目標をめざして自らの可能性を 追求することのできる活力ある社会を創り上げなければなりません。

憲法施行五十周年の節目に当たり、我々は、ここに改めて日本国憲法の基 本理念を銘記し、自由と責任を重んじる民主的な社会の更なる建設に向け、国民の熱意と創造力を結集して邁進する決意を新たにするものであります。《読売新聞》

 

昭和22年5月3日の記事を添えておきます。

古い新聞で一部文字が判別しづらかったので、

間違いがあればご容赦ください。

 

憲法きょうから施行

主権が国民にあることを宣言し、民主政治の確立と平和国家の建設が目標の「日本国憲法」はきょう3日から実施される。これからの日本の政治には国政の権威が国民に基礎を置きその権力は国民の代表者がこれを行いその福利は国民がこれを受けるとの主眼在民主義がはっきり認められたのである。

憲法基本的人権を公共の福祉に反しない限り、永久不可侵の権利として確立し立法その他国政でも最大の尊重を受ける。この個人の尊厳、男女の本質的平等をもととする国民の基本的人権の保障は日本の歴史でいままで実現をみなかったもので、新憲法施行の3日こそは、この意味と自由と平和とを愛する民主国家の建設に手をたずさえていく日本国民にとって完全な国民解放の日でもある。

憲法は国民の権利保障だけでなくまた国会、内閣、司法、財政、地方自治の条章に多くの民主的原理を織込むとともに、象徴としての新しい天皇の地位を基礎づけ、国際平和を希求する戦争の放棄を宣言しているが、いまや国民に君臨するものは何らの権力ではなく、日本国憲法のみが最高法規となった。

国民のみが日本の国運を担う。3日はその出発の日である。《昭和22年5月3日・朝日新聞

 

1997年(平成9年)5月3日は日本国憲法が施行されて50年の日。