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1997(平成9年)5月4日のできごと

今日は

2017 平成29年5月4日(木)平成10344日目

 20年前は

1997 平成9年5月4日(日)平成3039日目

 

奈良県の山間の村で1人の女子中学生が不明に

奈良県月ヶ瀬村、農業Bさんの長女で村立月ヶ瀬中2年、A子さん(13)が4日午後、部活動から帰宅途中に行方が分からなくなった。奈良署員が5日、自宅から約300メートルの路上で血痕やブレーキの跡、A子さんの靴を発見。さらに約3キロ離れた公衆便所kらA子さんが着ていた運動着上下とリュックサックなどが見つかった。

奈良県警は、A子さんが事故に遭い連れ去られた疑いが強いとみて捜査本部を設置、6日朝から捜査員約100人を動員しA子さんの発見と、逃走したとっみられる車の特定に全力を挙げている。《福井新聞

 

スポーツ面、まずは男子プロゴルフ

【ゴルフ・中日クラウンズ】尾崎将司選手が3連覇

ゴルフ・中日クラウンズ最終日(4日・名古屋GC和合コース=6455ヤード、パー70)前日首位に立った尾崎将司が、4バーディ、1ボギーの67で回り、通算13アンダーとして逃げ切り、この大会3連覇、5度目の優勝を飾った。連勝、優勝記録とも青木功と並ぶ大会記録。今季2勝目で、通算103勝(ツアー84勝)。

2打差の2位にワッツ(米)。ノーマン(豪)は2バーディ、2ボギーとスコアが伸びず、首位と4打差の3位に終わった。《読売新聞》

 

 プロ野球

プロ野球オリックスイチロー外野手、9回決勝打

オリックス5−3日本ハム◇4日◇東京ドーム

オリックスは九回、2安打と四球で一死満塁とし、田口が左前同点打、二死からイチローが中前に2点適時打して逆転した。日本ハムは、九回から登板した山原、島崎の抑え陣が1点を守り切れなかった。オリックスは連敗を3で止め、勝率を5割に戻した。日本ハムは最下位。

オリックス仰木監督「これで(タイムリーの出ない打線の)ふん詰まりが治ってくれるといいんやけどな」

日本ハム・上田監督「九回からの山原は予定通りだったが、結果として失敗だった。連投だから球に力がなかった。《読売新聞》

この時のイチロー選手のコメントが、

何とも現在に通じるものがあります

パ・リーグ3年連続首位打者を誇るこの選手にとって、まさに意地の一振りだった。開幕以来4度巡ってきた満塁機でいずれも凡退。22試合目にして、ようやく本領を発揮した。

1点差を追う土壇場の9回。田口の左前適時打で同点に追い付いた後、二死満塁の場面で打順が回ってきた。日本ハムの抑え・島崎の初球、シンカーを中前に逆らわずはじき返し、勝ち越しの2点適時打だ。

耳を貸すまいとしても周囲の雑音が聞こえてくる。「満塁に打てず、まるで”犯罪者”のようにいわれていたので結果を出そう」と自らのバットで重圧をはねのけた。

そして最後に、報道陣に向かって皮肉たっぷりにこう言い放った。「これで少しは”罪”も償えたでしょうか」《日経新聞

 

最後に小沢一郎氏に登場していただきましょう

小沢氏のこの時点までの流れは、

1993年6月、自民党を離党して「新生党」結党

1994年12月、新進党を結党して幹事長に就任

1995年12月、新進党の党首に就任 ←この段階です

英国を訪問中の小沢一郎新進党党首は4日昼、ロンドン市内で奏功記者団と懇談し、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)見直し問題をめぐり政府与党が憲法論議にまで踏み込んで検討することが必要との認識を表明した。

小沢氏は「政府与党が憲法論議をせずに無原則のまま軍事行動を伴う議論をするのは危険だ。われわれは絶対に妥協しない」と述べ、政府与党が明確な安全保障政策を示さない限り協力できないとの考えを強調。「必要があれば橋本龍太郎首相とも会う」としながらも、まず政府与党が安保政策の原則をしっかり示すよう求めた。

新進党は個別的自衛権の拡大や集団的自衛権の行使は憲法上、認められていないとする一方、国連決議に基づく多国籍軍への参加を容認している。小沢氏の発言はこうした同党の主張について政府与党に検討を迫る狙いがあるとみられる。《共同通信

 

小沢氏は「憲法についてちゃんと議論しましょう」と言っている

この2年後には自由党党首として「日本国憲法改正試案」まで発表している

文藝春秋 1999年9月特別号 所収

日本国憲法改正試案」小沢一郎自由党党首)

第九条はこう修正すべきだ

参議院を「権力なき貴族院」にせよ  

日本国憲法衆議院本会議で可決されたのは、昭和二十一年八月二十四日のことである。同年十一月三日に公布され、翌年の五月三日に施行された。占領軍総司令官であるマッカーサーが政府に草案を出したことは広く知られている。半世紀以上もの長きにわたって、一度も改正されることなく、現在に至っている。

「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」

これは日本国憲法第九十八条の規定である。数多くの法律のうち「最高法規」と位置づけられているのか憲法である。

国民の生命や財産や人権を守るために定められ、平和な暮らしを実現するために自分たちで決めたルールである。時代が変わればルールも変わるはずなのに、五十年以上も憲法は改正されていない。

新しい時代に必要な価値観を書き加えられることもなく、化石同然の代物を後生大事に抱えている。それなのに現行憲法が完璧であるかのように主張する人たちが多い。

さらに誤解を恐れずに言えば、占領下に制定された憲法が独立国家になっても機能しているのは異常なことである。民法においては、監禁や脅迫により強制された契約が無効であることは自明の理である。それなのに話が憲法になると「占領下であっても国会で論議されて、正当な手続きを踏んだ上で定められている」などと、法の精神を無視した主張が罷り通るのである。《日本国憲法改正試案》

この内容はネットでいくらでも出てきますので、

これ以上の転載は避けますが、

わりと痛快な内容です

 

2016年、生活の党の代表となった小沢氏はこう言っている

憲法の基本的な考え方について 国会の場で本質的な議論をすべき

近代憲法は、国民の権利と福利を増進させるための、国家と主権者との間で交わされる最高位の約束と言えます。 したがって、金科玉条のごとく憲法は何が何でも変えてはならないというものではありません 。

一方で、主権者の権利の保障、つまり権力を制限することを規範とする憲法の理念を骨抜きにするような 「改正」 も、近代憲法の精神に反すると思います。

「極端な護憲派」 と「極端な改憲派」 の議論は 不毛な対立を生む  今の憲法論争をみていると、条文を一字一句たりとも変えてはならないという「極端な護憲派」と、憲法の理念まで変えてしまおうとする「極端な改憲派」の対立という構図になっています。

日本人は物事をとかく極端に二分して考えがちですが、こうした考え方は憲法を議論するうえで不毛な対立を生むだけです。

時代が変われば、新たな人権の要請も生じます。 憲法における基本的人権についても、時代の変遷とともに対応していかなければならないのは当然のことです。

そうした現実を一切無視して、憲法は絶対に変えてはならないということになると、それはもう欽定憲法と言うか、憲法は神様か君主から授かったものということになってしまいます。

憲法制定権力者はあくまでも主権者である国民です。 その意味からも、憲法論議は常にオープンに行っていくべきだと思います。《生活の党・機関紙より》

 

小沢氏は20年前から

憲法について「議論をしましょう」と言い続けていた

とはいえ全然自分じゃやろうとしなかった

口だけ番長だった

 

いかにこの方が口だけ番長か、

よく分かる本がある

2006年、民主党代表の時に発行された

小沢氏の著書「小沢主義」から抜粋

 

小沢主義(イズム)―志を持て、日本人 (集英社文庫)

国民のレベル以上の政治家は生まれない

(前略)

そこで現代の日本を見れば、どうだろうか。

残念ながら、まだ日本は民主主義が本当の意味で成熟しているとは言いがたい状態だ。そのことは、知名度の高い、いわゆる「タレント候補」が与党・野党問わず、いまだにもてはやされていることでも分かる。

もちろん、芸能人や有名人が政治家になることがいけないと言うつもりはないし、タレント候補でも地道な選挙活動を行っている人もいる。だが、テレビ・カメラの前でパフォーマンスの選挙活動を行うだけで、あとは何もしていないような候補が当選してしまう。

もちろん、こうしたタレント候補を安易に担ぎ出す政党も問題だが、それより問題なのは政策の中身ではなく、イメージで一票を投じてしまう日本人の選挙に対する意識の低さにある。

もし、日本の政治が貧困であるとしたら、その責任は他でもない。国民自身にある。僕はそれを言いたい。《小沢主義》

 

久しぶりに読んだらズッコケそうになった

小沢さん、あなたの著書につぎ込んだ本代返してください(笑)

 

1997(平成9年)5月4日は、

小沢一郎氏は今日も口だけ番長だった」日にでもしとくかな