1997(平成9年)5月5日のできごと

今日は

2017 平成29年5月5日(月) 平成10345日目

20年前は

1997 平成9年5月5日(月) 平成3040日目

【ザイール】反政府勢力が最後通告

ザイールの反政府勢力コンゴ・ザイール解放民主勢力連合」(ADFL)のカビラ議長は5日、「モブツ(大統領)が退陣しなければ、われわれは2、3日で首都キンシャサに進撃する用意がある」と、事実上の最後通告を発した。

ADFLのラジオ放送「人民の声」は6日、首都の政府軍兵士に武器を捨てて投降するよう呼びかけ、7ヵ月に及ぶ内戦は最終局面に入った。一方、モブツ大統領は、ガボンを7日訪問しボンゴ大統領らと会談するが、AP通信は、モブツ氏がそのままフランスへ亡命する可能性もあると伝えた。

AP通信が6日、ザイール大統領府に近い筋の話として伝えたところによると、モブツ大統領は同じ親仏国のガボン訪問後、フランスに向かう計画で、別荘を所有し、これまでモブツ体制を強力に支援してきたフランスに亡命する可能性もあるという。

大統領報道官は6日、「大統領は9日に(ザイールに)帰国する」と語ったが、その前にADFLが首都侵攻する事態もありうる。《読売新聞》

ザイール、と聞いてもピンとこないかもしれませんが、

現在のコンゴ共和国になります。

 

当時のザイールがどんな状況だったかは、

船尾修氏が1995年に旅した記録を読めば、何となく見えてくる。

ベニという町の銀行に入ったら、

暇そうな行員2人が政権批判を始めた、そんな話。

 

アフリカ―豊饒と混沌の大陸 赤道編

ふたりの行員が掛けあいの漫才みたいに叫びだした。

「ザイール、エコノミー、ゼロ」

「ザイール、ポリティクス、ゼロ!」

そんなに大声でやって大丈夫なのか、とこちらがひやひやしてしまった。世界の大富豪のひとりに数えられるモブツ・セセ・セコ大統領はいまやアフリカ最後の独裁者ともいわれている。ダイヤモンドから上がる収益や外国からの援助を、彼と一族がひとり占めしている、という話はあちこちで聞いた。国民の不満は、暴発寸前まできているような感を受けた。

8年ほど前初めてこの国を訪れたときには、大統領への賛辞を聞かされることはあっても、批判などは一度も耳にしなかった。それどころか大統領を讃えるリンガラ調の歌さえ聞かされたこともあったぐらいである。大河のようにゆるやかな時代の流れるザイールでも、確実に時代は動いているようであった。《アフリカ・赤道編より》

 

北極点への単独徒歩到達を達成した河野兵市さんから

松山市の遠征隊事務局に喜びの報告

【冒険家・河野兵市さん】「私は元気100倍」

北極点はブルースカイ 日本人初の780キロ単独踏破


「地球のてっぺんは氷の中」日本人初の北極点単独徒歩到達を達成した愛媛県瀬戸町の冒険家河野兵市さん(39)が5日午前(日本時間)、カナダ・レゾリュートのベースキャンプから、松山市の遠征隊事務局に電話で喜びの報告をした。

「ありがとうございました。お世話になりました。私は元気100倍です」と役2ヶ月にわたる大旅行の疲れを感じさせない元気な声であいさつした。《福井新聞

 

続けてスポーツ面

【バレーボール全日本選手権NEC、アベックV

バレーボール・全日本選手権(5日・大阪府立体育会館)男女決勝が行われ、ともにNECが勝ち、大会史上初のアベック優勝を果たした。男子は松下電器をストレートで下し、2年連続5度目の優勝。女子は最終セット、ダイエーにリードを許しながら一気に4ポイントを連取。鮮やかな逆転で初優勝、Vリーグとの二冠を達成した。

最高殊勲選手賞は、男子がエドアルド・アルーダ(NEC)、女子は大懸郁久美(NEC)が選ばれた。《読売新聞》

 

プロ野球

【ヤクルト・池山隆寛内野手】通算250号本塁打

対中日6回戦の六回、山本昌から放って到達した。プロ37人目。初本塁打は1986年6月12日、大洋(現横浜)の門田から。《読売新聞》

中日10−6ヤクルト◇5日◇神宮

両チーム合わせて28安打の乱打戦。中日は一回、昨年の本塁打王・山崎の1号3ランなどで先制、六回も山崎が中前適時打。七回にはゴメスが満塁本塁打を放ち試合を決めた。ヤクルトは古田、池山の本塁打で、一時は一点差に詰め寄ったが及ばなかった。中日は今季最多の16安打。《読売新聞》

【巨人・ガルベス投手】また乱調

巨人4−6横浜◇5日◇横浜

横浜は三回、一死、二、三塁から鈴木尚の二塁ゴロ野選で同点とし、ローズの3点本塁打で勝ち越し。このリードを小刻みな投手リレーで守り切った。巨人はガルベスの不調と打線のつながりに悪さが致命傷。松井の9カード連続本塁打は成らなかった。

巨人・長嶋監督「甘いね。ガルベスはちょっとコントロールが甘いね。さあ、あさって、あさって」《読売新聞》

ガルベス投手が審判にボールを投げつけるのはこの翌年になります

 

最後はこちらの話題

ダイエー田之上慶三郎投手】プロ8年目で初勝利

近鉄2−4ダイエー◇5日◇福岡ドーム

ダイエーは二回、二死二塁から柳田の中前適時打で先制。三回は小久保が10号リーグ一番乗りとなる2ランを放った。六回にも加点。先発の田之上は近鉄の拙攻にも助けられ、8年目でプロ初勝利。近鉄は初回に無死満塁の好機を逸したのが響いた。《読売新聞》

プロ入り8年目のダイエー・田之上が、うれしいプロ初勝利を挙げた。オフのハワイ・ウインターリーグでの活躍などが認められ、今季から先発ローテーション入り。4試合目の登板でつかんだ白星に「なにか実感がわかない」と言いつつも、笑顔が絶えなかった。

これまでいずれも初回に点を取られ、立ち上がりが課題とされた。この日もいきなり無死満塁のピンチ。しかし、ここで「自分を信じて開き直った」。無失点で切り抜けてペースに乗ると、調子は良くないながら「気持ちで負けないように」投げて八回まで7安打2失点に抑えた。

「これでスタートしたという気持ち。次は完投したい」。今後の目標を聞かれ、ウイニングボールを握り締める手に力がこもった。使い続けた王監督も「着々と力をつけているよ」と、ホッとした表情を見せた。《日経新聞

 

1997(平成9年)5月5日は

プロ野球ダイエー田之上慶三郎投手がプロ8年目で初勝利を挙げた日